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●企業が経営戦略を考える上で、ITは今や必要不可欠なものとなっている。その一方で、IT社会における様々な課題も叫ばれ始めている。特にデジタル情報の流通量は加速度的に増大しており、処理し切れない量に達しているともいえる。例えば、昼夜を問わずやり取りされる電子メールの処理に追われ、疲弊してしまっているビジネスパーソンも多いのではないだろうか。
●それに対して、脳科学者であり、ソニーコンピュータサイエンス研究所のシニアリサーチャーである茂木健一郎氏は、「ITの成長のシナリオは我々の脳の情報容量が無限であることを前提としたものであるが、実際には脳が受け取り消化できる情報には限界がある」と提言する。
●現在のIT社会の課題を克服し、真に豊かなIT社会を築き上げていくにはどうしたらよいか。そのためには経営者やCIO(情報統括責任者)はどういったことに考慮してITマネジメントを行い、経営戦略に結び付けていけばよいか。茂木健一郎氏に話を伺った。
──ここ十数年の間にIT社会が急速に発展しています。その一方で、情報洪水に疲弊している人も多いかと思われます。実際、脳への負担はかなり増大しているのでしょうか。
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茂木: IT社会が急速に発展する中、ネットワーク上を飛び交うテキスト、音声、映像などデジタル情報の流通量は今や人間がマネジメントできる量を超えてしまっています。そのため、現在、人間の能力と情報処理のスピードが多少不整合を起してしまっているところがあることは確かです。
最近、私がよく言うのは、1972年にローマのシンクタンクであるローマ・クラブが発表した『成長の限界―ローマ・クラブ人類の危機レポート』と同じようなことが、現在、脳で起こっているということです。当時考えられていた“経済成長というものは無限に続く”というシナリオは、“人類の経済活動の基礎となる天然資源を提供し、経済活動の過程で出る廃棄物を受け入れる「自然」というもののキャパシティが無限であること”を前提にしていたものであったのに対し、ローマ・クラブのレポートは“地球の自然には限界があり、それを超えては成長できない”というものでした。
それと同じことが、今のIT社会でも起きているということです。つまり、このIT社会は、最終的には、“脳”に流通するデジタル情報を消費してもらわなければいけない産業構造になっており、しかも、“脳の情報容量は無限である”という前提に立っているのです。そのため、人間の脳の可処分時間を奪い合うといった状況に陥っています。
しかしながら、実際には脳が受け取り、消化できる情報には限界があります。そこをどう乗り越えるかが、IT産業の成長のシナリオを考えるときに非常に重要なポイントとなってくるのです。
ローマ・クラブの「成長の限界」の最悪のシナリオについては、実は、我々は既に克服できているんです。そしてその要因となったのが、“情報”という経済成長のセグメントでした。なぜなら、情報は仮に100倍の情報を処理したとしても、エネルギーも同じように100倍使うわけではありません。エネルギーをそれほど使わなくても、情報の処理能力をどんどん高めていくことができるのです。それが成長の源泉になったことによって、克服できたというわけです。
ITそのものの発展がこれからも続いていくことは疑う余地はないでしょう。しかし、増大し続けるデジタル情報とそれを最終的に処理する脳とのインタフェースを考えなければ、ちょうど、産業革命による大気汚染など自然への公害が問題になったように、早かれ遅かれ、“脳への公害”が大きな社会問題になるのではないかと思われます。昨今、叫ばれ始めているIT社会における数々の弊害はその現れでしょう。
しかしながら、ローマ・クラブのシナリオを人類が乗り越えてきたように、“脳への公害”についても人間はいつかは乗り越えることができると僕は考えています。現時点では、まだ、それを乗り越えるためのキーテクノロジーやコンセプトが出てきていない状況なのです。
また人間の脳はすごく適応性があるので、キーテクノロジーの出現を待つまでもなく、この劇的に変化し続ける情報環境にも、そのうち慣れて乗り越えられるようになるかもしれません。ただ、その点についても、どのように自分の脳を使えばよいのかといった解決策が見えていないため、様々な分野の研究者たちが思考錯誤をしている段階です。最近の“脳ブーム”もそういった背景があるのではないでしょうか。
──ビジネスパーソンをはじめとする現代人の脳は、あふれかえる情報に対応し切れていないと…。
茂木: 皆さんも実感しているのではないでしょうか。これだけ、映画や音楽など数多くのコンテンツがあふれてしまうと、まずそれらを全部見たり聴いたりする暇がないですよね。でも、これは人類が歴史上、初めて直面したシリアスな事態なのです。
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昔は本やレコードを入手するだけで嬉しかった。ところが今やあふれすぎて、逆に“公害”にすらなってしまっています。さらに、自分が見ていないコンテンツがあるかもしれないと想像すること自体がストレスになってしまっていますよね。
実際、脳はIT社会以前とは全く違った使われ方をしています。
例えば「学校の教科書をどうするか」という問題が議論されていますが、今の時代、歴史の年号を覚える必要なんてないわけでしょう。インターネットで検索すればあっという間に分かるわけですから。学校や職場で求められる能力の質自体が、どんどん変化してきていますよね。人間の能力は常に情報環境との関係によって定義されるものなので、情報環境が変われば、当然、必要とされる人間の能力も変わってくるというわけです。
企業の経営者やCIOの多くが毎日100通単位のメールを処理して、その中で重要な決断を下しています。経営者に限らず、ビジネパーソンのほとんどがビジネス上でのやり取りにメールを利用していますよね。以前は直接会ったり、あるいは電話で話して取り組んできたことをメールで代替しているのです。
これは、電話からメールに(ビジネスの)ツールが置き換わったといった単純な変化ではなく、複数のコンテクストを同時に引き受けるという状況をもたらしていて、そこで示される能力というものは、今までとは全く異質のものなのです。人とリアルに会っている時や電話で直接話しているときは、その状況に没入しなければならないわけですが、メールといったITベースの場合、自分の状況に合わせてタイムシェアリングができるのです。「とりあえず、このメールの返事を先に出してしまってから、こちらの仕事に取り掛かろう」といった具合です。
実はこれは、今はやりの前頭葉を使っているのです。前頭葉は“文脈”の切り替えの役割を担っている部位です。IT社会になるまでは、人はこういった脳の使い方はして来なかった。そう考えると、これからは前頭葉にとってどんどん“ヘビーな時代”になっていくかもしれませんね。
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