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連載コラム 鈴木貴博氏コラム「ビジネスを考える目」

 新連載の本コラム「ビジネスを考える目」は、コンサルタントの鈴木 貴博氏(百年コンサルティング 代表取締役)。鈴木氏が、日常生活 や仕事の場面で気づいたちょっとした「ビジネスのヒント」を毎週紹 介してもらう。携帯電話からユニクロまで、「消費者」と「ビジネス」 のちょうど中間に立った視点で、日本のビジネスをじっと見つめて、 考えるコラム。

2007/5/30公開

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タテ社会に生きる“ガンダム世代”と、
ヨコ社会に住み始めた“ワンピース世代”

 僕が講師を務める“社会人向けの塾”がある。そこで30歳前後の塾生たちに、彼らよりも一回り下の世代の「若者論」を研究してもらっている。先日、その中間発表で興味深い調査結果が上がってきたので、そこから読み取れる“兆し”を僕なりに論じてみようと思う。

 キーワードは「タテ社会」と「ヨコ社会」である。

 「タテ社会」とは、東京大学の名誉教授である社会学者、中根千枝氏が1967年に発表した名著『タテ社会の人間関係』で論じた概念だ。我々、日本人は、無意識のうちに「タテ社会」という枠組みの中で、組織内の序列を重視しながら生きている。

 そして、そういう我々にとっては一見、当たり前のように思えることが、海外では結構、非常識なことだったりする。

 中根氏の著書にある記述だったか、別の場所で話されたエピソードだったか……記憶があいまいではあるが、そんな日本のタテ社会を表す印象深いエピソードがあった。

 中根氏がロンドン大学にいた当時、東京大学から一人の研究者がやってきた。その際、欧米人のある研究者が、彼に「あなたはどのような研究者なのか」と質問した。すると、彼は「私は東大で社会学を研究していて、中根さんの先輩でもある」と、誇らしげに答えたというのである。

 その質問をした欧米人は、彼がどんな研究をしていて、どのような意見を持っているのか。そして、どのような論文や著作を著しているのかといった、いわば彼の学者としてのトラックレコードを尋ねたつもりだった。ところが、返ってきた答えは彼の所属についてのものだったのである。それが、その欧米人にはとても奇妙に映った――という話だ。

 しかも「ロンドン大学で研究成果を上げている中根さんの先輩」であるというだけで「私は彼女よりも上の存在である」と彼は考えているらしいことが、欧米の人たちにはおかしく見えてしかたなかったらしい。

 ちなみに中根千枝といえば、我が国では女性初の東大教授であり、女性初の日本学士院会員でもあり、付け加えれば文化勲章の受章者でもある。つまり並の学者ではない。

 もちろん上記のエピソードは彼女がまだ若いころのこととはいえ、ロンドン大学に留学し、既に偉大な学者としての片鱗を見せ始めている新進気鋭の研究者である。その彼女の「先輩である」というだけで、彼女よりも何か偉いように感じてしまうのは、日本人ならではの感性であるということだ。

 このように、無意識のうちに“タテ社会の感覚”で振る舞ってしまうことは、多くの日本人に当てはまることである。相変わらず我々、旧来の日本人は「どこに所属しているか」ということと、「そこでどのような序列であるのか」ということに縛られながらタテ社会を生きている。

 さて、そこに登場するのが、冒頭で紹介した“新しい若者”の研究である。

 マーケティング業界では「ポストY世代」と呼ばれる、現在20歳代前半の若者たち。その考え方、生き方を調べる中で見えてきた新しい兆しがある。

 彼らは、基本的に我々と同様、一種の「ムラ社会」の中で生きている。そこでは相変わらず、社会を構成する者同士の「折り合い」や「配慮」といったものが、生きていく上で欠かせない重要な要素だ。

 ところが一点、大きく違う点がある。

 それは、彼ら若者が生きている、主たるムラ社会が、タテ社会ではなく「ヨコ社会」であるという点だ。「ヨコ社会」とは、所属は異なっていても世代が近い者同士の、“自分と自分の仲間たち”で構成される社会である。

 それは「サークル」という明確な集まりである場合もあれば、「仲の良い友人たちの集まり」というように、境界があいまいな場合もある。いずれにしても大人数の組織というよりは、数名の気の合う者同士の集まりといった、小規模の集団であることが多い。

 彼ら若者にとっては、このヨコ社会が自分が所属する「第一の軸」になる。

 我々の世代ように、出身大学とか所属する会社といったタテ社会の要素は第二位以下の軸になるわけだ。

 この第一、第二という考え方は、どちらをより重要視するかという尺度で測ることができる。

 若者は、彼ら自身が第一の軸と考える「仲間」をとても大切にしていて、コミュニケーションも濃密に取る傾向がある。その一方で、第二の軸である「勤めている会社」などに対しての所属感はそれほど強くはない。さらに大きな「日本社会」という軸に対しては、所属という感覚はとても希薄になる。

 ここで僕が面白いと思うのは、「ヨコ社会」に住み始めたからといって、「ムラ社会」に住んでいる感覚は変わらないという点だ。

 これまでタテ社会で重視されてきた「私は東大生です」とか「私はNTTに勤めています」といった言葉が、ヨコ社会では「私はA君、B君たちの仲間です」という言葉に置き換わる。そうして所属感や忠誠心が、「組織」から「仲間」に向かっているという点では、我々、タテ社会の世代と大きく違うのだが、「ウチ」と「ソト」というムラ社会の感覚は変わっていないのである。

 「ウチ」は相変わらず「ソト」よりもはるかに大切な世界であり、自分が所属する「ウチ」の社会に関してはとても気を遣う。しがらみや付き合いはとても大切なものだし、そこで時間を費やすことが人生そのものだという感覚を持っているようだ。この点で、ヨコ社会に住む若者世代も、タテ社会に属する我々と何ら変わりはない。

 では、何が理由でそのような変化が起き始めているのか?

 うちの塾生にとっては、まだ研究途中ということなのだが、面白い一考察があった。それは、『機動戦士ガンダム』と『ワンピース』の違いが影響しているのではないか――という考察である。




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